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mitamareiki’s diary

光星からのメッセージ

本当の「悟り」とは?

法話

 

人によって、捉え方がまちまちです・・・「悟り」とは

ある人は、「悟り」とは苦悩からの解放、であるとしている。

 

それって、本当に悟っていない人の見解です

 

何故なら、悟りの段階はいろいろありますが、高次元の悟りを得たとしても

苦悩が無くなる事はないからです。 苦悩の捉え方に違いがあるかもしれませんが

「悟り」に伴う「激烈な肉体的苦痛」が厳然と存在しているからです。

例えば、沖縄の比嘉良丸氏は、病床にふせて死ぬ直前にまで行きたいへんな肉体的

苦悩・苦痛を味わうことで、神と繋がり神との交信を自在に成す事ができるように

なりました。 彼の今のレベルとしては「悟りを得ている」と申し上げても否定する

人はいないでしょう。比嘉氏も悟りを得る段階で、激烈な肉体的苦痛を味わいつくし

わけです。しかも、命がけで全国全世界を駆け抜けて神事を行っていますが、まさしく

「悟り」を得た後にも、さらなる「苦悩」を背負って生き続けているのです。

 

他にも、既にご逝去されました「五井昌久聖者」は、悟りを得るまでにどれほどの

苦難と戦い臨まれたことでしょうか。そして、大聖者となった後にも、己が肉体の

限界を超えて人類の救済の為に「限界を超えた超激烈苦痛」をあえて感受し続け

たのです。

 

私の尊敬するK師も、究極の悟りを得る為に、前人未到の「限界を超えた超激烈苦痛」

を味わい続け、さらに進化つづけられました。

 

ですから、「悟り」とは苦悩の解消である、と信じている方は、本当の「悟り」を

しらない中途半端な悟りの段階にあると・・・

 

まだまだ上には遥か彼方まで「悟り」の階段が続いておりますが、

ここまで来るのに、どれほどの苦難と劇的苦痛を味わってきたことか、

 

まさしく、「悟り」とは苦悩と苦痛と背中合わせにあるものであります

 

 

光星美者